2010年11月09日

【没後120年 ゴッホ展 こうして私はゴッホになった】


【没後120年 ゴッホ展 こうして私はゴッホになった】
国立新美術館(六本木)

展覧会の趣旨:

ゴッホの作品はこれまで日本でも数多くの文献や展覧会を通じて、幾度となく総会されてきた。しかしゴッホがいかにしてそれを作り上げるに至ったかについては、これまで十分に紹介されてきたとはいえない。
「没後120年 ゴッホ展 こうして私はゴッホになった」は代表作に加え、ゴッホに影響を与えた画家たちの作品や自身が収集した浮世絵などを展示し、「ゴッホがいかにしてゴッホになったか」を明らかにする。
キャッチコピーは「ぼくは100年後の人々にも、生きているかの如く見える肖像画を描いてみたい」というゴッホの書簡からの言葉。

展覧会全体の印象:
展覧会の構成として
T.伝統―ファン・ゴッホに対する最初期の影響
U.若き芸術家の誕生
V.色彩理論と人体の研究―ニューネン
W.パリのモダニズム
X.真のモダン・アーティストの誕生―アルル
Y.さらなる探求と様式の展開―
  サン=レミとオーヴェール=シュル=オワーズ
にそれぞれ区分して展示されている

ゴッホや影響を与えた画家の絵画と対比させるだけでなく、ゴッホが対象の比率や遠近法を調整するために用いたパースペクティブ・フレーム(遠近法の枠)などのこうした実際に絵画制作にあたり用いたあまり知られていないものも展示紹介、「アルルの寝室」を再現したジオラマ、「黄色い家」の立体図CG上映、ゴッホの生涯を解説した映像「こうして私はゴッホになった」を上映しており、絵画の展覧会などにあまりなじみのない人でも楽しめるように企画されている。
ゴッホ展のポスターにも使われている「灰色のフェルト帽の自画像」は他の作品とは別に特別に広いスペースをつかって展示されており、館内が混んでいる場合鑑賞は困難。
また、作品保護のため館内温度を低く設定してある。

作品名:「アルルの寝室」
1888年10月 アルル
油彩・キャンバス
ファン・ゴッホ美術館(フィンセント・ファン・ゴッホ財団所蔵)

フランス・アルルでゴッホが暮らした「黄色い家」の2階の部屋を描いたもの。「アルルの寝室」には三点の絵が制作されており、今回このゴッホ展に出品されているものがオリジナルで、他の二点(最初の複製はサン=レミで制作し、二番目の複製はオランダの母や妹さちに送るために制作)はのちにこれを模写したもの。
オリジナルと二点の複製の大きな違いは、壁に掛けられている作品と画面のサイズか縮小されていること。また、壁にかかっている上段の二点の肖像画は、右が「ウジューヌ・ボックの肖像」(オルセー美術館所蔵)左が「ミリエの肖像」(クレラー=ミュラー美術館所蔵)であることが見て取れる。

ゴッホは生涯を通して幸福だった人間ではなかったかもしれませんが、ゴーギャンに心酔してからは精神を病んでピストル自殺を図るという最後は悲劇的です。
しかし、悲劇的な人生に対して彼の描く花の絵やこの寝室の絵は暖かくのどかで、しかも明るい風情があって苦しみとはまるで無縁のところにいるように感じられるような優しさがあります。
激しい「筆致」と鮮やかな「色彩」をつかいながらも、印象派の画家たちのように外の自然を写したのではなく、彼自身の心にある穏やかな世界を表現したものに感じられます。
ゴッホがゴーギャン宛ての手紙の中で
「スーラ風の単純さで描くのは途方もなく面白かった。平坦な色調だが、粗い筆をつかって思い切り厚塗りにしている。壁は淡いライラック色、床はむらのあるあせた赤、椅子とベッドはクローム・イエロー、枕とシーツはとても淡い黄緑、ベットカバーは血のような赤、洗面台はオレンジ、洗面器は青、そして窓枠は緑だ。これらのまるで違った色調全部をつかって、完全な休息を僕は表現したかったのだ。」
と書いているように、ゴッホはたくさんの色を意図的に配置して描いており、一見バラバラに見える色調も遠近感を際立たせるために計算されて組み込まれている緻密な絵であることがわかります。
一番に目を引く鮮烈な赤いベットカバーよりも窓の奥の優しいエメラルドグリーンが全体の印象を引きしめており、壁のブルーが鮮やかで、部屋のあちこちに配置された濃い色とバランスをとるように全体的に柔らかい色調でまとめられているとても穏やかな絵。
ゴッホが願ってやまなかった、画家の共同体である「黄色い家」への愛がこの小さな空間いっぱいにあふれていて、日本の浮世絵の影響を受けたとみられるこの力強い構図が寝室をどっしりと安定させているよう。
彼の短い生涯の中で、この六畳ほどの狭い空間が理想郷への第一歩であったことを考えると、希望に満ち溢れた作品だったことがうかがい知れます。

美術館設立の経緯や特徴:

文化庁国立新美術館設立準備室と独立行政法人国立美術館が主体となって東京大学生産技術研究所跡地に建設された美術館で、2007年1月21日開館。
国立の美術館としては国立国際美術館(1977年開館)以来となる30年ぶり、5館目にあたる。
延床面積は日本最大で、これまで最大とされていた大塚国際美術館の約1.5倍に及ぶ。
かの有名な黒川紀章氏によって設計がなされる。また、館内にはフリッツ・ハンセン寄贈の椅子が使用されている。
緑の豊かな環境を目指し近代的なデザインの建築で、館内は広く天井が高い吹きぬけになっており、全面がガラス張りであることで館内の明るさや解放感を実現している。
また、館内にミュージアムショップ・レストラン・カフェを展開しており、いつもたくさんの客で賑わっていながらも落ち着いた空間になっている。
前庭には歴史的建造物で二・二六事件ゆかりの旧歩兵第三連隊兵舎が一部分保存されている。
第二次世界大戦後は東京大学生産技術研究所等として使われていた。
研究所が駒場に移転し、取壊し予定であったが、保存要望の声に配慮し、一部分を残したものである。


グッズ売り場:

館内のゴッホ展ミュージアムショップでは定番のポストカードや画集から「パティスリー・サダハル・アオキ・パリ」展覧会限定のマカロンラスク(瓶入りで1365円)
をはじめアルコール飲料やTシャツなど様々な商品を展開しており、一番目を引いたのはゴッホのジグソーパズルやミニ額縁が入ったガチャポンが設置されていました。

posted by アオノリ at 00:36| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

尖閣問題をめぐる大義と扇動


 尖閣諸島巡視船衝突問題をめぐって、不信感や管理体制の問題意識が高まりこれほど事が重大化しているなか、メディアを通して私たちが受け取っている尖閣問題の何が問題かは、私たちが思っているようなものではないと感じる。要するに、尖閣諸島について私たちが論争するにはあまりにも急すぎる。夕方ワイドショーの街頭インタビューで尖閣問題について厚顔で語る通行人は、一体尖閣問題以前に何を論じるのか。いわゆる尖閣ビギナーである日本国民でありながら、ネットやニュースでもジャーナリズムの如何が問われる中であっても、中国の反日感情イメージを刷り込まれることによってこんなにも簡単に尖閣戦意の高揚を操られてしまう報道の恐ろしさとははなはだしいものがある。
 中国でももちろん厳しい情報の統制が尖閣問題にはつきまとうのだが、先日の尖閣ビデオ流出の件については中国側に対して「独善的思想」や「日本政府の陰謀としている」など苛烈な言葉が並ぶ中、中国側は「映像は日本の俳優が演じているに違いない」と私たちの予想の上を遥か飛び越えたナショナリズムを強烈に主張してくるのである。あの映像を見て俳優が演じている可能性がある、という発想はむしろ中国側の漁船の船長を俳優が演じているという前提がある可能性を疑ってしまうぐらいだが、程度は違えど実際の尖閣問題をめぐる動きとは全く違うベクトルで両国の国民が扇動されていることを私たちは自覚する必要がある。ネットを介して映像を流出させた関係者を賞賛する声が増えることでますます国民にとってこの尖閣問題はドラマティックなエンターテイメントの側面を持つことになり、それこそこの大騒動は報道の暴走によるメディアを介した巨大な陰謀になってしまうのではないだろうか。  


posted by アオノリ at 00:34| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月08日

教育的不完全ロジックのはなし

ある大学でこんな授業があったという。
「クイズの時間だ」教授はそう言って、大きな壺を取り出し教壇に置いた。
その壺に、彼は一つ一つ岩を詰めた。
壺がいっぱいになるまで岩を詰めて、彼は学生に聞いた。
「この壺は満杯か?」教室中の学生が「はい」と答えた。
「本当に?」
そう言いながら教授は、教壇の下からバケツいっぱいの砂利をとり出した。
そしてじゃりを壺の中に流し込み、壺を振りながら、岩と岩の間を砂利で埋めていく。
そしてもう一度聞いた。
「この壺は満杯か?」学生は答えられない。
一人の生徒が「多分違うだろう」と答えた。
教授は「そうだ」と笑い、今度は教壇の陰から砂の入ったバケツを取り出した。
それを岩と砂利の隙間に流し込んだ後、三度目の質問を投げかけた。
「この壺はこれでいっぱいになったか?」
学生は声を揃えて、「いや」と答えた。
教授は水差しを取り出し、壺の縁までなみなみと注いだ。彼は学生に最後の質問を投げかける。
「僕が何を言いたいのかわかるだろうか」
一人の学生が手を挙げた。
「どんなにスケジュールが厳しい時でも、最大限の努力をすれば、 いつでも予定を詰め込む事は可能だということです」
「それは違う」と教授は言った。
「重要なポイントはそこにはないんだよ。この例が私達に示してくれる真実は、
大きな岩を先に入れないかぎり、それが入る余地は、その後二度とないという事なんだ」
君たちの人生にとって”大きな岩”とは何だろう、と教授は話し始める。
それは、仕事であったり、志であったり、愛する人であったり、家庭であったり・自分の夢であったり…。
ここで言う”大きな岩”とは、君たちにとって一番大事なものだ。
それを最初に壺の中に入れなさい。さもないと、君達はそれを永遠に失う事になる。
もし君達が小さな砂利や砂や、つまり自分にとって重要性の低いものから自分の壺を満たしていけば、
君達の人生は重要でない「何か」に満たされたものになるだろう。
そして大きな岩、つまり自分にとって一番大事なものに割く時間を失い、その結果それ自体失うだろう
posted by アオノリ at 03:03| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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