2010年11月09日

尖閣問題をめぐる大義と扇動


 尖閣諸島巡視船衝突問題をめぐって、不信感や管理体制の問題意識が高まりこれほど事が重大化しているなか、メディアを通して私たちが受け取っている尖閣問題の何が問題かは、私たちが思っているようなものではないと感じる。要するに、尖閣諸島について私たちが論争するにはあまりにも急すぎる。夕方ワイドショーの街頭インタビューで尖閣問題について厚顔で語る通行人は、一体尖閣問題以前に何を論じるのか。いわゆる尖閣ビギナーである日本国民でありながら、ネットやニュースでもジャーナリズムの如何が問われる中であっても、中国の反日感情イメージを刷り込まれることによってこんなにも簡単に尖閣戦意の高揚を操られてしまう報道の恐ろしさとははなはだしいものがある。
 中国でももちろん厳しい情報の統制が尖閣問題にはつきまとうのだが、先日の尖閣ビデオ流出の件については中国側に対して「独善的思想」や「日本政府の陰謀としている」など苛烈な言葉が並ぶ中、中国側は「映像は日本の俳優が演じているに違いない」と私たちの予想の上を遥か飛び越えたナショナリズムを強烈に主張してくるのである。あの映像を見て俳優が演じている可能性がある、という発想はむしろ中国側の漁船の船長を俳優が演じているという前提がある可能性を疑ってしまうぐらいだが、程度は違えど実際の尖閣問題をめぐる動きとは全く違うベクトルで両国の国民が扇動されていることを私たちは自覚する必要がある。ネットを介して映像を流出させた関係者を賞賛する声が増えることでますます国民にとってこの尖閣問題はドラマティックなエンターテイメントの側面を持つことになり、それこそこの大騒動は報道の暴走によるメディアを介した巨大な陰謀になってしまうのではないだろうか。  


posted by アオノリ at 00:34| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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