2011年01月24日

電子書籍化がもたらす情報社会の変容


・はじめに

最近、「電子書籍」という言葉をよく耳にします。本と言えば紙のページに表紙の装丁、というのが私たちの「本」のイメージとして最も一般的なもので、「電子書籍」というとなんだかまるで昔の人間が考えた21世紀像のような奇妙な感覚さえしますが、これから世界は電子化をめぐる大きな動きの中に足を踏み入れようとしているのです。本が電子化される世界というのは、もう既に現在進行形で普及しつつある世界です。アマゾンのキンドルに続き、アップル社からiPadが発売され、このiPadフィーバーとも言える人気で、これまで腰の重かった出版業界も、今年は、電子書籍の元年だと、電子書籍をめぐっての動きが急になってきました。国内の主な出版社31社でつくる日本電子書籍出版社協会も、この秋から、電子書籍約1万点を、iPadで販売するそうです。

それは、本の世界の何を変えるのでしょうか?「電子書籍」にまだまだ馴染みのない私たちには到底想像しえない世界かもしれません。今まで私たちが書店に赴き、手に取り装丁を眺めながら選んでいたこと、ページを一枚ずつめくり、しおりを挟んでいたこと、読み終われば本棚にしまい、古本屋に売却していたこと、その全てが180度変わってしまうことはまさに「革命」とも言うべき一大事なのですから。それは、私たちの「本を読む」「本を買う」「本を書く」という行為に、どのような影響をもたらし、どのような新しい世界を作り出すのでしょうか?ここでは、書籍が電子化されるこれからにおいて、メディアとしての役割に変化があるというのなら今までの紙の書籍・新聞・雑誌はどうなってしまうのかを考察していきます。

 

まず、これだけ世間を賑わせ圧倒的な人気を誇る電子書籍のメリットとはいったいなんなのでしょう。電子書籍はこれまでの紙と印刷による書籍を流通させるしくみが、インターネットに変わります。そうなると、多くの資料や関連書籍に従来よりも簡単にアクセスできるため、より広い知識を得ながら、これまでとは違う情報の獲得が容易になるということがあります。 対応する電子書籍端末さえ持っていれば、自分の書斎も、わざわざ書店に行って取り寄せる必要もありませんし、図書館のように期限がないのでいつでもどこでも読むことができます。情報伝達手段がデジタル化しても情報そのものはなくてはならないものです。実際の本では分厚くて重い書籍・雑誌を持ち歩く必要がありませんし、データとして書籍、雑誌、新聞の過去情報を保存しておけるのでかさばりません。書籍も雑誌も新聞も、データで買えば紙で買うよりも半値以下になるのです。便利になり、価格が下がれば書籍流通量は増えるので現代社会ではよりいっそう電子書籍普及の波が急速になっているのです。書籍は、読みたいときにすぐに安く手に入り、あとは便利に読めればいいということになってきます。消費者として受け手のメリットでは、こういった省スペース・省プロセス・省コストといった魅力が現代人の注目を集めているのです。受け手の代償はマイナスに、得るものは更に膨大にというとてもシンプルな経済の動きに則っています。

そして実は、受け手だけではなく、電子書籍は、供給側、つまり作家や出版社にもメリットが大きいのです。消費者のニーズに応えてというよりは供給側の都合によって電子端末市場にぞくぞくと参入しているのです。それはいったいどのようなメリットでしょうか。

それは、書籍を出版するにあたってかかるリスクが大きく減少することです。よって少ない資本でも書籍を出版することが誰にでも可能になり、出版が身近になります。電子出版は、それまでの紙の書籍出版と比較して、圧倒的にコスト優位になります。出版する人が増えることで、今までとは比べ物にならないぐらいの豊富なジャンルの書籍コンテンツが充実することが考えられます。それはこれまでの紙と印刷の書籍では、出版できなかったコンテンツが種類も幅も広がり、流通し、需要を掘り起こします。それに新聞や雑誌も加わってきます。出版社としては絶好のビジネスチャンスです。

 

ここまで需要と供給のメリットを挙げましたが、では、これだけ期待されている次世代コンテンツの問題点とは一体どのようなものがあるのでしょうか?

これは、インターネットが普及することで危惧されていたものと少し似ていますが、誰にでも出版が可能になり、ネットワーク上の膨大なデータからいつでも情報を引き出せるような環境が整うと同時に、そのあまりにも多すぎる情報量に対してそれぞれの価値が低下してしまう恐れがあるのです。電子化の社会では自分が必要とする情報を簡単に集められるメリットがあります。いわば自分だけの「新聞」や「雑誌」を構築することができるのですが、そういった「新聞」には既存のそれが果たしていた共通性、スタンダードの機能がありません。新聞に期待されていた機能はその情報の正確性や速報性だけではなく、むしろもっとも求められていたのは「新聞の一面」といった言葉に代表される「コミュニティ」への話題提供能力だったのではないでしょうか。かつて新聞が「かわら版」と呼ばれていたその時代からです、発信側ありきの構造だった時代では、読者側も「情報のスタンダード」に信頼を置き、コミュニケーションと密接な関係として新聞を受け入れていました。つまり、新聞から受け取った情報がオフラインでコミュニティを形成する、というのが本来読者に期待されていた機能のはずなのです。

ネットの発達した現在では、ニュースの価値はどこでこの情報が得られるか、という部分的な価値でしかないように感じられます。そしてそういったメディアはユーザーの求める情報が揃っていないとすれば、とても価値の低いものと見なされ現代の過熱した電子社会で生き残ることはできないでしょう。

また、電子書籍には技術的な問題も数多く課題として残されており、海賊版の存在も危惧されるなか著作権の保護が問題点の大部分を占めているようです。このための複製の防止方法が、技術的な争点になっています。現状のままでは、将来性と発展性を阻害している部分がありそうですが、なにより省スペース省資源に非常に有効な手段のひとつとして電子書籍全体は今後増えていくと思います。あまり売れない専門書でも、低価格で製作・販売できるという利点があることも、社会にとっては生産性を向上させる都合の良いものですが、逆にこういった目先だけの利便性が電子書籍化の問題を解消されないままに広く普及させてしまうことが考えられ、今後電子化の弊害や反対意見が増えることも予想されます。

 

電子書籍化には爆発的な流通力がありますが、それだけでは既存のメディアコンテンツにとって代わる上で様々な問題点があるようです。それでは、ニュースを伝える媒介の代表である「新聞」の在り方は今後どのような変化を見せるのでしょうか?

出版のビジネスだけでなく、やがて人びとの文化そのものをも大きく変えてしまうだろことは想像に難くありません。情報化、スピード化が進みそれまでの業界秩序や業界常識は壊れていきます。書籍の消費構造に大きな変化が起こったということは、実は書籍の電子化が必然だという大きな時代の変化が前提にあります。

新聞は雑誌などと同じように「紙」であることによってある一定の情報量より多くは一度に伝達できないという決定的な致命点があります。専門誌などはありますが、それでも限られたスペースの中で様々なユーザーのニーズに応えるコンテンツづくりをしなくてはならないので、ある特定の事柄に興味のあるユーザーにとっては、コンテンツの情報量が物足りなくなる事態が常に起きています。これに応えるためには紙数を増やし、コストも今より増えることになるので、メディアとしての役割や顧客の満足度はいっこうに改善されません。しかしそれが電子新聞であればそのユーザーにとって必要な情報とそうでない情報を区分することができ、必要な情報は、インターネットと連動することでそれだけを検索して重要な部分のみを集めることが可能なのです。文字としての絶対的な量が増大し関連の情報も自由に閲覧することが出来ます。さらにインターネットの省プロセス性を利用するならば、今まで新聞から読者に情報が伝達される「一方通行のコミュニケーション」だったものが読者から新聞社に伝達される「双方向のコミュニケーション」へと発展することで更なるコンテンツ充実を図ることも可能です。

これらは具体的なメディアの変化ですが、既存のメディアがインターネットを取り込み、電子化と融合することで、その本質に影響する大きな変化があります。それまで中立性を重んじるあまりに、「主張」のないものに陥る危険性のあった「ジャーナリズム」や「情報発信源」に様々な方向性や視点を与え、多くの異なった主張を並列的に紹介する等、多様な言論や発想を打ち立てていくことが可能になると思います。 つまり、これまでのメディアでは同じ基準のコンテンツだけが伝えられることによって、人々の多くは、情報を相対的に見る機会を与えられず、既存のメディアの権威化に有効でしたが、これからは、個人は、個人で判断するための知恵を少しずつ身につけていかざるを得ない時代になっていくことも影響しているからです。

 

・おわりに

ここまで、電子書籍市場の展開を考察しましたが、果たして本当に電子書籍が紙の書籍にとってかわってしまうのでしょうか?あらゆる分野での情報量が増えると同時に、書籍の時代遅れも早まっているのが現状です。価格や利便性ではこれまでの書籍は、電子書籍にはかないません。電子書籍が普及することによって今まで実現できなかった様々な「便利」が手に入ることを紹介してきましたが、ただ、実際の本でこそ味わえる質感や、大判の写真集や地図に触れる楽しさは失われてしまいます。極端にいえば、紙と印刷の書籍が生き残る分野は、所有と手触りのある書籍だけでしょう。読書の好きな人の中には、紙やインクの匂い、表紙の手触り、ページをめくっていくなかで得られる作品の世界との一体感に価値があるので、電子書籍には、そういった価値がなく、受付けられないという人も多いのですが、電子書籍も、現状ではまだ紙の書籍の文化を引きずっていて、ページをめくる動きを再現していたり、縦書きの形式で出版されています。また、こういった電子化の動きに反対意見が多く存在することも事実です。本の手触り感を大切に思っている人からは、本から形を奪ってしまうことが非情な行いに映るかもしれません。

しかし、15世紀に活版印刷を発明されたときも、実は現在の電子書籍と同様に批判を浴びました。その活版印刷の普及が宗教革命やルネサンスを引き起こした事実があるのですから、電子化が急速に進むこの21世紀に、新たな技術革新の波が再度来ているに過ぎないのかもしれません。電子書籍の場合、実は手触り感への不満の中には、新しい電子端末に覚える違和感や、電子書籍化されている書籍の内容そのものへの不満も含まれていると思います。紙と電子は併存する方法はあると思いますが、この “紙から電子へ”転換することの衝撃が大きいだけで、電子媒体を批判するのはもしかするととても愚かなことかもしれません。

そして、このような社会の動きがあっても決してすべての書籍がデジタルだけになるとは思えません。紙の書籍と電子書籍が併存していきます。しかし紙の書籍の市場は確実に侵食され、市場が縮小し、激しい競争が起こってきます。問題は、その変化をうまく利用できるかできないかでしょう。

  

・参考文献

「電子書籍の衝撃」 佐々木 俊尚 ディスカヴァー・トゥエンティワン (2010/4/15)

「電子書籍の時代は本当に来るのか」 歌田 明弘 筑摩書房  (2010/10/7)

「電子書籍で生き残る技術−紙との差、規格の差を乗り越える−」川崎 堅二・土岐 義恵 オーム社 (2010/12/1)

「電子書籍と出版─デジタル/ネットワーク化するメディア」

高島 利行・仲俣 暁生・橋本 大也 ・山路 達也・植村 八潮・星野 渉・深沢 英次・沢辺 均 ポット出版 (2010/7/10)
posted by アオノリ at 22:55| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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